蛤坂新道
【はまぐりざかしんみち】

(近代)明治初年~昭和42年の町名。はじめ金沢町,明治22年からは金沢市の町名。犀川(さいがわ)の河原に突き出して,蛤坂の麓から川上の吹屋坂まで堤防を築き,新しい道路をつくった。この道路の完成を「古蹟志」は慶応元年,「金沢の百年」は明治元年であると異なる記録をしている。新道の両側に家屋が建ち始め,明治3年には,蛤坂新町と称するようになったが,廃藩置県後は,蛤坂新道を本称とした(古蹟志)。「皇国地誌」には「蛤坂上ヘヨリ東ニ入リ,犀川縁ヲ遡リ,五町三拾間許ニシテ下タ石代町ニ続ク。幅凡壱間四尺」と記す。大正5年の戸数48・人口180。昭和39年一部が清川町となり,残余は同42年寺町5丁目となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7089158 |





