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岩富町(近世)


 江戸期~明治22年の町名。下総国印旛【いんば】郡のうち。中世における岩富城下に当たる部分が岩富村と区分され成立したと思われる。佐倉藩領。なお,「旧高旧領」では幕府領も見える。村高は,「元禄郷帳」348石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに351石余。万治3年検地帳によれば,反別田23町2反余・畑屋敷10町6反余,名請人32(佐倉市史2)。安政4年「領分村高帳」によれば,高150石が往還につき諸役御免,小物成として夫役永331文・山銭鐚1貫927文があり,年貢米などは寒川蔵納(旧佐野家文書/千葉市史史料編2)。佐倉牧のうち柳沢牧野付村の1つ。また,鷹匠組合の根村で,鷹匠衆の宿泊地・拠点であった(佐倉市史1)。文政頃より在郷商人が台頭しはじめ,関東一円を商圏とする九十九里浦の干鰯取引きを中心に,山武郡北部の旗本領の年貢米輸送に関係するものもいた。明治6年千葉県に所属。神社は八幡神社,寺院は日蓮宗教蔵寺・福寿院(印旛郡誌)。明治22年弥富村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7291697