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覚東村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。多摩郡世田ケ谷領のうち。はじめ神谷源太郎知行地,その後幕府領。文禄3年と記された「多摩郡学東村田畑屋敷帳」が現存するが,「田園簿」に村名は見えず,元禄3年の誤記か(新編武蔵)。「元禄郷帳」の村高は34石余,「天保郷帳」「旧高旧領」では40石余。「新編武蔵」によれば,家数19軒,野川の分水を用水とし,西方小足立村境辺に用水を開く。正保~元禄年間に成立したと推定されるが,化政期頃名主の居宅が火災にあい,文書類を失ったという。神社に三島社・子ノ権現社,寺院に天台宗三島山覚東寺千手院がある。明治5年神奈川県,同11年北多摩郡に所属。同22年狛江【こまえ】村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7298437