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府中村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。不破郡のうち。村高および領主は「慶長郷牒」では旗本六之井加藤氏知行地348石余・西尾忠永領348石余・平岡頼勝領141石余(うち30石は竹中氏分)・幕府領319石余,計1,156石余。このうち旗本加藤氏知行地は幕末まで変化ないが,西尾氏領は元和5年から尾張藩領,また幕府領も元和年間旗本稲葉氏知行地となる。「正保郷帳」では加藤・平岡・稲葉3氏の知行地と尾張藩領の他に竹中氏知行20石を記し,1,177石余。のち平岡氏知行地は幕府領,稲葉氏知行地も貞享元年幕府領となり,享和4年幕府領は大垣藩預り地となる。「天保郷帳」の村高1,190石余。寛政年間の尾張藩領の家数74・人口269,馬10匹。助郷は中山道関ケ原宿へ出役。当村は幕府領・旗本領などが入り組んでいたが,集落は合川の北に立地。村内には南宮社の御旅所・白髭大明神社・神明社,浄土真宗安立寺ほか3か寺がある。また民家には南宮行宮の祭礼の神水として用いられる南宮御饌井があった(濃州徇行記)。明治4年岐阜県に所属。同30年府中村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7346496