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金井(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ金島村,昭和29年からは渋川市の大字。役場所在地。明治24年の戸数183,人口は男553・女526,学校1・水車場2。大正9年新潟道,昭和27年国道17号が字羽黒(現国町)を通り,当地は交通・商業が盛んになった。宿場であった当地は三国街道廃道後は純農村となった。榛名山麓から吾妻川への軽石層の傾斜地を利用した桑畑により養蚕が盛んとなり,明治30年代製糸工場の碓氷社金島組が設立され,水力・蒸気などを使って製糸業が盛んになった。その後,コンニャク・リンゴなどの特産品も生産された。渋川市に合併後の当地は広い地域であったため,金井上之町・金井中之町・金井下之町・金井南町・国町・軽浜・大日向【おおひなた】の行政区に分けた。昭和57年大日向に建設された金井団地が区として独立した。昭和22年国立大日向療養所(現国立療養所西群馬病院)開院。同37年北中学校が設立され,それまで金島中学校に通学していた金井南町・国町の生徒は北中学校に通学した。同44年軽浜団地が建設され,渋川警察署・渋川保健所が国町に移転。同47年財務所大同庁舎完成。同59年国道17号伊香保バイパスが開通し,沿線に商店や工場などが進出した。昭和51年金井南町に西小学校が設立され,それまで北小学校に通学していた金井南町の西部・軽浜・大日向の生徒は西小学校に通学した。旧宿場を中心とした当地は昔の面影を残しているが,南部の金井南町・国町・軽浜・大日向・金井団地は近代的に発展した。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7282150