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油町(近世〜近代)


江戸期~昭和39年の町名江戸期は盛岡城下の一町町人地城北地区に属し,中津川右岸の西に位置する町名の由来は,当地に油商人が多く居住させられたことによる油商人は明治期に電灯が灯されるまで多く当地に住んでいた(もりおか物語)盛岡藩が幕府に届け出た盛岡二十三町の1つ天明8年の家数72・人数498(邦内郷村志)当町は大工町の北裏に位置し,東西に通じており,町の規模は2町半程,東端に油町御門があり,同門は寛永盛岡図には下屋敷出口御門と見えている(盛岡砂子)地内の浄土宗亀通山大泉寺は,寛永年間に五戸(現青森県)から移転したといわれ(いわてのお寺さん),藩から寺領50石が与えられていた(奥南旧記)ほかに地内には真言宗永亀山東久院があった(同前)明治8年の戸数157(盛岡市史)明治4年仁王村の字名,同22年盛岡市仁王の字名,昭和20年からは盛岡市の町名となる同26年の世帯数204・人口1,012(男487・女525)同39年本町通1丁目となる




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7252843