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狐沢村(近世)


江戸期の村名常陸国茨城郡のうち千波湖の南,逆川流域に位置するもとは吉田村のうちで狐沢新田と称し,元禄7年狐沢村として分村し,寛政9年福沢村と改称(新編常陸)水戸藩領村高は,「元禄郷帳」100石余,「天保郷帳」では古くは狐沢村とあり福沢村として101石余「水府地理温故録」によれば吉田分郷とあり,村高101石余で年貢率は田(本郷分)3割7分・畑(同前)4割7分,家数11~12・人数60人余,地内に新田がなく,鎮守は山王権現「水府志料」によれば福沢村として,浜田組に属し,戸数12,村の規模は東西約6町・南北5町余農作物は大根・ウド・楮などで,元禄以後に真桑瓜や仏手柑が,宝暦以後は西瓜が有名農間には薪商い(水戸市史)天保年間千波村の一部となる(新編常陸)




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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