北本所町(近世)


江戸期~明治初年の町名葛飾郡西葛西【にしかさい】領のうち幕府領正保~元禄年間に本所村が南・北本所町に分かれて成立「元禄郷帳」の石高は262石余,「天保郷帳」では222石余,「旧高旧領」では232石余,地内は町場化が進み,正徳3年以降,表町・荒井町・番場町・出村町と扇橋続北本所代地・蛤【はまぐり】町続北本所代地町など5か所に散在する代地町が成立,町奉行・代官両支配となる「新編武蔵」によれば化政期の石高231石余,残余は竪川【たてかわ】通り小名六之橋の北本所出村と武家・寺社の抱地,以上を総称して北本所町と称した同書は「北本所町在方分」として津軽右京太夫・松山祺右衛門・本山七蔵などの抱屋敷,神宮寺・松林寺・本久寺・最勝寺などの除地を記載している明治初年,総称としての北本所町は消滅,町奉行支配の各町は,次第に本所表町・本所荒井町・本所番場町・本所太平町・深川扇橋町・深川和倉町となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7298884 |


