上石伐町(近世〜近代)


江戸期~昭和42年の町名江戸期は金沢城下町のうち明治22年からは金沢市の町名城下南東部寺町台地の東側に位置する町名は延宝年間,城下東方の戸室山から石を釣出す(切り出す)定員20人の「二十人石伐」の組地であったことによる(郷土辞彙)「二十人石伐」は道をはさんで両側に分かれ,片側に9人,もう一方に11人と分かれて居住していたので,後年,上石伐町・下石伐町に区別されるようになった寺町台地の東側に位置している大正5年の戸数23・人口85,昭和30年の世帯数45・人口154同38年一部が寺町3丁目となり,同42年残余が寺町5丁目となる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7324200 |


