上池田町(近世〜近代)


江戸期~現在の町名大和大路通七条下ル4丁目の町北池田町とも称す(府地誌)塩小路通の南に位置する江戸期は妙法院領洛外町続町の1つで,法住寺殿の苑池を埋め立てて町地とした町名はこの開発事情による(同前)正徳4年洛外町続家数改帳では池田町両組18軒のうち(荻野家文書)当町西側に普化宗妙安寺(明暗寺)があった同寺はもと北白川(左京区)にあったが,所司代板倉勝重により当町に移転,明治4年廃寺となり,東福寺塔頭善慧院に併合明治元年下京【しもぎよう】に編入同2年の町組改正から下京【しもぎよう】31番組,同5年第31区と改称,同25年第31学区に編成同12年下京区上池田町,同22年京都市下京区上池田町,昭和4年東山区上池田町となり現在に至る

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7375113 |


