月輪寺
【がちりんじ】

佐波(さば)郡徳地町上村字蔵場にある寺。曹洞宗。山号は願成山。本尊は観世音菩薩。寺伝によれば,文治5年に東大寺大勧進俊乗房重源が創建し,承元2年に九条兼実の法名月輪円証大禅定門にちなみ月輪寺と号したという。当寺蔵の鰐口に「奉施入月輪寺宝前鰐口一口 応安第七歳次甲寅二月六日・願主比丘沙門禅了」とあり,三浦家文書の長禄4年6月1日の売券にも「周防州上得地之村月輪寺院主職如導分」を仁保上総介弘有に永代売渡すと見える(閥閲録45-2)。その後,大内氏の家老で徳地を領知した陶興房が再建したが,再び廃頽し,寛永2年に死去した都濃(つの)郡長穂村の曹洞宗竜文寺の16世竹翁鐘琳が再興して曹洞宗となった。境内の月輪寺薬師堂(国重文)は,寺伝によれば清涼山と号し,推古天皇17年に聖徳太子が清涼寺村に創建し,本尊の薬師如来は聖徳太子作と伝える。その後,延暦32年に坂上田村麻呂将軍が観音を薬師の脇立として納めて再建。現在の薬師堂は,上村薬師堂縁起によると,俊乗房重源が文治5年に藤原兼実の助力を得て,旧建物を移し再興したとある。昭和32年の薬師堂修理工事報告書に「構造様式,手法等,あるいは用材の材質などより,文治年間再興の建物と考えられ,創建の時,正面3間,側面2間の堂宇であったものを,文治年間再建のおりに5間・4間の堂に改められたと推定される」とある。内外陣とも均整のとれた安定感を持って平安末期・鎌倉期の気風をよく表し,現在県下最古の木造建造物といわれている。本尊の薬師如来を秘蔵する厨子(国重文)は唐様で背面板壁に文明13年の墨書があり,入母屋造り板葺で室町期の唐様式の特徴をよく表している。また平安末期の作とされる木造聖観音菩薩立像と木造四天王立像は県文化財で,その他多数の仏像が安置されている。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7192373 |





