野代村(古代)

令制郡内に編成されなかった能代【のしろ】付近の古代地域名元慶の乱の際に反対勢力12か村の中に数えられる(三代実録)賊地といっても,いつも反乱していたわけではない阿倍比羅夫の北航時の渟代建郡(評)に際し大領(評督)沙尼(奈)具那【しやになぐな】・少領(助督)宇婆左【うばさ】ら豪族の存在(日本書紀),渤海使来着の野代湊(続日本紀)の意味など,能代地方が日本古代史上北方交易や文物交流のために果たした役割は大きいおそらく国家の出先機関も常置されたものであろう野代営【のしろのたむろ】などはその軍事機関として存在したことの明確なもののひとつである

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7260564 |





