古津村(近世)

江戸期~明治22年の村名。蒲原郡のうち。はじめ新発田【しばた】藩領,寛政元年からは幕府領。村高は,「正保国絵図」230石,「元禄郷帳」241石余,「天保郷帳」323石余。嘉永2年人別帳によれば,家数77・人数528。名主ははじめ高野家が世襲,のち小川家に代わった。水利は金津川から分流した南保堀・船戸堀,用水溜の興野堤(通称寺裏堤)・中山堤(通称宮前堤)から取水。鎮守は諏訪神社。寺院は曹洞宗広大寺。明治初年の戸数122・人口643(中蒲原郡誌)。明治12年中蒲原郡に所属。同22年津島村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7314794 |