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弘岡(中世)


鎌倉期から見える地名「ひらおか」ともいう加賀国河北【かほく】郡安江荘のうち犀川【さいがわ】右岸の低地に位置する「源平盛衰記」巻28に寿永2年,倶利迦羅峠から敗走する平家軍を追撃する木曽義仲が「平岳野」の木立林に陣を張ったとあるのが初見南北朝期応安2年12月の得江季員軍忠状および同月の得田章房軍忠状によれば,この年両名は吉見氏頼方に属して「平岡野」で合戦している(得江文書・得田文書)「尊卑分脈」によれば,加賀斎藤氏林系の庶流に「弘岡三郎利成」からはじまる弘岡氏が見え,すでに平安末期,弘岡を名字地とする在地領主が存在したことがうかがわれる「平岡野」はこの弘岡の地名を継承したものである降って,「天文日記」天文5年閏10月6日条に,南禅寺塔頭瑞雲庵領として「安江庄内弘岡村」があらわれ,永禄10年11月5日のひろおかや与三麹室座衆職寄進状に,金沢南町【みなみちよう】の住人として「ひろおかや与三」の名が見える(本願寺文書)ので,中世を通して,弘岡(平岡)の地名が継承されたことは疑いない近世には「広岡」と表記され,石川郡北広岡村・南広岡村に分かれる現在の金沢市街西部の広岡町から元菊【もとぎく】町にかけての地区に比定される

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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7327425