朝日荘(中世)


平安後期~室町期に見える荘園名山城国相楽【そうらく】郡山田郷のうち現在の精華町の西南部,柘榴・乾谷・東畑付近に比定される「吉記」の承安4年9月13日条に「奏蓮華王院領朝日庄解状申文書様事」と見え,蓮華王院領であったことがわかるまた,建保元年2月従和尚重被譲進西山宮状案に門跡相伝房領として「常寿院 朝日庄〈顛倒畢〉」と見える(華頂要略)下って興福寺官務牒疏に「相楽郡山田郷朝日荘」にある山田寺が見え,同寺は元興寺道昭大徳開基で,僧房が6宇あった(大日本仏教全書)そのほか「大乗院寺社雑事記」の延徳2年8月19日条にも「山田之朝日檜谷書状在之」とある

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7373362 |



