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![]() | 桐谷[中部地方] |
久婦須(くぶす)川上流御鷹山西麓に位置し,南に飛越の連山を控える。小見村の兵助・仁平・茂右衛門が山中に盆地を発見,これを拓いたのが当村の始まりという。のち,赤倉山が崩れ,久婦須川を堰き止め湛水が村を沈めた。地方語ではこれをスワリと呼ぶ。このスワリを切り開き,排水に成功したのではじめ切谷村と称したが,のち転化して,桐谷村となった(卯花村誌)。開村期及び赤倉山山崩れの年代は明らかではないが,天正11年「佐々与左衛門知行方目録事」に「参百六拾俵之所 婦負郡西きり谷,赤蔵」とあることから,当時すでに村を形成していたといえる。東西の「きり谷」は久婦須川の両岸を指し,「赤蔵」は赤倉山の中腹,現在の小字赤倉を指し,赤倉山崩壊とともに四散,柳池・堀ケ池・つぶらが池をはじめ一群の池が残され,八尾(やつお)町名勝の1つとなっている。また,赤倉山は融雪増水期の地滑り記録が多く,特に天保7年大崩壊を起こし,桐谷村は再び一大湖水化,翌年富山藩が難民救済のため救米・救金を支出,助小屋を建設している。
【桐谷村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【桐谷(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
