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島崎川右岸の沖積平野。山上には山城五分一城跡がある。斎藤朝信の居城であったが,天正6年御館の乱に当たり上杉景虎方に属して刈羽郡赤田城に移ったという。立退きの際不用物を埋めたと伝える大塚が4基あり,村人は四ツ塚と呼んでいる(温古の栞)。【五分一村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。【五分一(近代)】 明治22年〜現在の大字名。