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![]() | 長延[九州地方] |
耳納(みのう)山地から南西に広がる広川山地の明星山の南に位置し,広川の支流長延川の源をなす。山麓の城の尾には萩尾麟可の館跡,その子萩尾右近助夫妻の墓(筑後秘鑑)がある。山王山は蒲池氏の臣矢加部大学国広の拠所という。山王山の南に赤銅地蔵・十三塚・供養経塔などがある。なお,江戸期の宝永4年稲員安則の書いた「稲員家記」(水田荘広川荘史料)に,天正14年7月3日薩摩の島津勢は稲員安守らの籠城する長延村西城に攻めかかり,安守らは城を焼いて逆瀬谷から北河内山を越え豊後多久山中に逃れたとあり,同16年8月安守は長延を含む上広川荘の内12村大庄屋に補されたとし,また翌年筑後国検地の時に村号を定め,上広川は長延村など21村となったとある。
【長延村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【長延(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
