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![]() | 汀志良次[沖縄] |
方言ではティシラジという。沖縄本島,首里の東部を占める。地域は首里台地北部の虎瀬(とらず)山に続く丘陵地で,標高120m内外,南側は汀志良次川と呼ばれる安里(あさと)川の谷を隔てて首里城の丘に対する。首里城築城の際,地方から移住させられた人々が定着したのが始まりという。城下が形成されるにつれ,16世紀頃から地域の西半分に上層階級屋敷が次々に造営された。尚真王(1477〜1526在位)が琉球の女神官組織の制を定め,聞得大君の下に各地域のノロを管掌する3名の大あむしられを置き,そのうち儀保大あむしられの居宅である儀保殿内が汀志良次に置かれ,明治末期まで続いた。聞得大君御殿も,はじめは首里城内に置かれていたようであるが,16世紀には虎瀬山の南麓に置かれている(首里古地図)。御殿の北は虎瀬山の松林で,残る三方の林を御余地といった。御殿の前の道は,古くは汀志良次馬地と呼ばれ,首里第二の大路であった。馬地の西端に,大きな石積みがあった。道路のほとんど半分を占め,丸く高く石積みされ,その上にガジュマルの大木がそびえていた。これをチンマーサー(積みまわしたものの意)と呼び,道路の里程原標であり,これを聞得大君御殿の前に設け,聞得大君の権力のほどを表わしたといわれる。
【汀志良次村(近世)】 王府時代〜明治29年の村名。
【汀志良次(近代)】 明治29年〜大正3年の首里区の字名。
