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![]() | 篠塚[関東地方] |
「しのつか」ともいう。利根川中流左岸の北方に位置し,南方を新堀川が流れる。地名は「日本書紀」に須佐之男命の子孫に八島篠という名が見え,この命に関係ある高貴な人の墓を「しぬのつか」と呼んだのが,のちに「しのつか」となったという説がある(中世の邑楽町)。中世は築比地郷佐貫荘に属したと伝え,正中2年より新田義貞,建武2年より篠塚八郎重弘,康永年間より足利尊氏,延徳年間より富岡氏,元亀元年より長尾顕長の所領となり,天正11年からは北条氏規の支配下に置かれ,南条因幡がこれを管したという(邑楽郡誌)。地内には水立遺跡・大黒土師遺跡・陣屋弥生遺跡・鶉岡弥生遺跡・八丁土師祭礼遺跡・長柄神社古墳がある。字馬場には元弘3年5月新田義貞の挙兵の際はせ参じた篠塚重弘の居城と伝える篠塚城跡がある。また字坪谷には南朝方の武将細谷氏の本拠といわれる右馬助館(細谷館)跡がある。
【篠塚郷(中世)】 戦国期に見える郷名。
【篠塚村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【篠塚(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
