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![]() | 蠣崎[東北地方] |
柿崎とも書く。下北半島先端部,陸奥湾に流入する男川下流域に位置する。地名の由来は,蠣崎氏が蠣崎城(錦帯城)を築城したことにちなんだという(川内町誌)。地内には縄文前・後期の土器片・打製石斧・石匙などが出土する苗畑遺跡,土器片・鉄滓が出土の寺前遺跡,土器片・土師器片出土の合野遺跡などがある。なお蠣崎城址からは,15,6世紀の中国の青磁・白磁・染付の破片もみつかっている。「国誌」には,「松前氏昔此地にありしと云ども,今城舘の跡なし」と記されている。七面山一帯が城跡ともいわれ,旧館城の石材と思われるものも発見されている。「東北太平記」によれば,建武元年南部師行の目代として当地に武田修理太夫が配され,以後武田氏は5代に及び,5代蔵人信純は蠣崎氏を称して康正3年まで蠣崎城に住したという(みちのく双書3)。文安5年武田信純が北部王家新田義純を暗殺するという蠣崎の乱が起こった。信純は根城南部氏13代政経の追討をうけ,康正3年信純は松前に逃れ,武田信広と称してのちの松前氏の祖となったという。
【蠣崎村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【蛎崎(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
