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那覇[沖縄]
角川日本地名大辞典

方言ではナーファという。王府時代末に渡来した欧米人は多くナファ(Nafa・Napha)と表記したが,方言でナファは那覇の港をいう。ゴーヴィルの「琉球覚書」では,那覇港をナパキャン(Napakiang)と称した。沖縄本島の西海岸,深い入江の中に発展し,近世以降現在に至るまで沖縄の中心都市である。古くは浮島と呼ばれる島であった。この島は,北は天久(あめく)台地,南は小禄(おろく)台地に限られた入江の湾頭にあり,長さ2km・幅1km内外の小島であった。入江に注いでいた安里川・久茂地川・国場(こくば)川の3河川の運ぶ土砂が海を埋め,沖縄本島と陸続きになった。那覇の語源は,伊波普猷のナバ(漁場)とする説が通説になっている。中山(ちゆうざん)の王たちは,泊や牧港を港として利用したが,15世紀初頭に三山を統一して首里を王都とした尚巴志王は,那覇を王国の門戸たる貿易港として発展させた。景泰3年(1452)には冊封使渡来に備え,崇元寺橋から浮島の那覇を結ぶ長虹堤(ちようこうてい)が築かれた(球陽尚金福王2年条)。天順3年(1459),のちの尚円王金丸が御物(おもの)城御鎖側に任じられ(中山世鑑),那覇港の要である御物城の管理にあたるとともに,那覇の行政を司った。16世紀には,御物城や那覇里主の役所である親見世を那覇に設置し,海外貿易の事務と那覇の行政を管轄させた。また冊封使の宿舎となる天使館も設けられたが,近世には冊封使渡来時以外は砂糖座として使用された。嘉靖32年(1553)には,外敵の侵入を防ぐため,港の南に屋良座森城を築いた。この城が那覇港南側の砲台であったのに対し,その後北の砲台として三重城を築いた。渡地(わたんじ)の硫黄城は,その後衛でもあった。
那覇(近世)】 王府時代〜明治29年の広域地名。
那覇区(近代)】 明治29年〜大正10年の区名。
那覇市(近代)】 大正10年〜現在の自治体名。