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![]() | 百名[沖縄] |
沖縄本島南部,太平洋に臨む石灰岩台地上に位置し,急崖下に狭い海岸低地が開ける。方言でもヒャクナという。「おもろさうし」には「ひやくな」,あるいは対語として「さきよた」と見える。巻17-53,No.1227では,「百名浦南風吹けば 煽りやへ按司添い守ら(百名の浦に南風が吹けば,高級神女のアオリヤヘが国王を守るであろう)」と謡っている。百名海岸はアマミキョが東の海から来訪したところとされ,オモロには干瀬の澪の「あきみよ」から白砂の「うらはる」へ上ったと謡う。浦原はまた藪薩の浦原ともいい,アマミキョが上陸したヤハラヅカサ,浜川御嶽,稲作発祥地のウキンジュハインジュ(受水走水)・ミフーダー(三穂田)などがある。歴代国王も当地を親拝した。現在も東御廻りの主要な拝所である。百名海岸には,沖縄考古編年前?期の百名第2貝塚・新原貝塚群があり,特に沖縄考古編年後期の砂丘系遺跡が多い。旧暦2月に行われる麦穂祭と,旧暦5月の稲穂祭,旧暦6月の稲大祭の時に謡われる「麦穂祭・稲二祭之時,玉城巫唄」に,「まへまきよ」「あすと」「のこちくだ」「のこちまきよう」と謡われているのが村の聖名である(ウムイ23・24・25/歌謡大成?)。
【百名村(近世)】 王府時代〜明治41年の村名。
【百名(近代)】 明治41年〜現在の玉城村の字名。
