検索結果一覧
5件Hitしました
1から10件/5件中
![]() | 和無田[近畿地方] |
古くは和田と称した(内宮神領本水帳)。内部(うつべ)川扇状地の扇央部,川の右岸の丘陵地帯に位置する。地名の由来については,和田という地名が亀山藩に2つあり(当地のほかは現在の亀山市の和田),はじめ亀山の和田を南の和田といい,当地を北の和田といったが,のち混同を避けるため和田で無いという意味で当地を和無田と改称したという。地内には源頼朝上洛の時の休憩所跡があり,茶屋場と呼ばれたという(勢陽五鈴遺響)。金剛山和合院観音寺は,弘法大師が観音菩薩像を彫刻して創建した寺といい,「勢陽五鈴遺響」によると本堂に元和・寛永年間の絵馬が多く掲げられているという。
【和無田村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【和無田(近代)】 明治22年〜昭和32年の大字名。
【和無田町(近代)】 昭和32年〜現在の四日市市の町名。
