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村松砂丘
【むらまつさきゅう】


久慈川河口右岸から東海村の沢田海岸に及ぶ砂丘。南北約5km。標高は5~25mで,最も高い砂丘で35.7m。旧村松村に分布するため村松砂丘とよぶ。大正期には付近の海岸地域は北東の卓越風による飛砂がひどく,300余戸の集落の埋没の恐れがあった。また砂丘西部の低地は真崎(正木)浦の干拓が進行中で,排水路の新川の河口を飛砂でせき止められ,300町歩余が水没する危険があった。このため移動砂丘の固定化が緊急課題となった。村長沢田美畝の働きかけで,周辺地域は大正7年海岸砂防林造成の5か所の試験地の1つに選ばれた。即日地形測量や調査研究などの本格的な砂防林計画が開始され,同14年頃から風に直角に防風垣を設け,人工の砂丘をつくり,うしろにクロマツを植え込む方法で造林が始まった。造林には稲・麦ワラなどを埋め込んで砂質地の肥沃化を図るとともに,ワラなどを敷いて水分の蒸発を防止した。この方式はわが国の砂防林育成の模範となった。植えたクロマツは約22万本にのぼり,面積は約200ha,動員人数は延べ約2万3,000人に及んだ。この結果,移動砂丘は固定化され,集落や田畑が保全された。周辺には植林されたクロマツが現在も繁茂している。また水戸八景「村松晴嵐」で知られる白砂青松の風光明媚な自然環境であるため昭和10年結核療養所(晴嵐荘)が設けられた。村松砂丘の南部の阿字ケ浦から磯崎にかけては浸食砂丘がみられる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7040006