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源氏山
【げんじやま】


鎌倉市扇ガ谷,寿福寺の背後にある山。旗立(建)山・御旗山とも称した。標高92.6m。「詞林采葉抄」は武庫山(むこやま)ともいい,鎌倉の中央第一の勝地だと伝えている。前九年の役に阿倍貞任・宗任を討つため東国に下った源義家が山上に白旗を立て軍旅を整えたのが地名の由来という(鎌倉管領九代記)。「吾妻鏡」嘉禎2年3月14日条によると,若宮大路の東側に幕府を設営するとき,陰陽師が方角をただすために登った武蔵大路の峰は,源氏山とみられる。新田義貞の遺子義宗・義興兄弟や脇屋義治らが上野に挙兵し,鎌倉に攻め入ったのは文和元年閏2月のことだが,そのときのありさまを「鎌倉管領九代記」は「三千余騎を二手に分て源氏山鶴岡へ旗差少々遣し,大御堂の上より真下りにぞ押寄たる」と書いている。なお,「空華日用工夫略集」嘉慶2年2月23日条にみえる「携諸子,扶梅杖,遊覧温泉諸境,所謂武庫山等也」とか,「空華集」巻5・7の漢詩に詠われた「武庫山」は「詞林采葉抄」がいうように源氏山を指すのであろう。「残稿」は扇ケ谷村の項で「山脈,北ハ字梅ケ谷山ニ,西ハ字佐介ケ谷山ニ連リ,東南田圃ニ臨ム,雑樹蕃茂セリ,登路二条」といい,また「今日旗竿ノ趾ニ桜樹アリ,之ヲ旗桜ト名ク,古木ハ既ニ朽チテ今アルモノハ新木ナリ」と記している。この山の東麓には鎌倉五山第3位の寿福寺や尼寺の英勝寺があり,北に続く尾根筋は仮粧(けわい)坂や葛原岡に通じる。当山一帯は現在源氏山公園と呼ばれ,サクラの名所として知られ,日野俊基を祀る葛原岡神社もその一角にある。地質的には新第三紀鮮新世の池子層の地層が分布し,俗に鎌倉石と称する石材として五輪塔や墓石に広く利用された。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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