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東山
【ひがしやま】


京都盆地の東を限る南北の山地の総称。範囲は北の比叡山から南の稲荷山までとするのが一般的で,京都市左京・東山・山科・伏見4区にまたがる。如意ケ岳より北側は花崗岩,南側は古生層からなり,南へ向かうほどなだらかな丘陵性の山地となるため,京都市街地から眺めた姿を「ふとん着て寝たる姿や東山」と詠んだ服部嵐雪の句が有名である。一方,比叡山・修学院山・一乗寺山・北白川山・如意ケ岳・吉田山・南禅寺山・華頂山・高台寺山・阿弥陀ケ峰・稲荷山など東山の峰々を東山三十六峰ともいうが,諸説があってそのすべてを確定することはできない。時代が下がるにしたがって東山と総称される峰々が増加し,江戸期に至って三十六峰と数えられるようになったものとみられる。東山の呼称は古く嵯峨天皇の漢詩「和光法師遊東山之作」(文華秀麗集)にも見えるほか,数限りなく使用されているが,必ずしも山地をさすとは限らず,鴨川東岸の鴨東の呼称としても用いられており,現在の京都市東山区の名称もこの用例に属する。東山山麓一帯は,平安遷都後に別業の地,陵墓・葬送の地として知られていた。坂上田村麻呂(日本後紀,弘仁2年5月23日条),藤原基経(三代実録,元慶4年11月25日条)などをはじめ,とくに藤原氏の別業が多く,「小右記」長元2年の条に記されているように花の名所でもあった。藤原氏はまた山麓一帯に多くの陵墓を営み,鳥辺野も無常所としてよく知られていた。東山は平安京の東側にあって東国との出入口にあたっており,東西の鞍部を越える幾条もの道路が古くから利用されてきた。山中越え(志賀山越え),東海道,渋谷越えなどが代表的なものである。東山一帯はまた政治的・戦略的要衝としての機能を果たしたことも多く,しばしば戦火におそわれた。比叡山延暦寺,南禅寺,知恩院,祇園社,清水寺,法性寺,泉涌寺,東福寺,稲荷社などの有力寺社をはじめ,院政期の六勝寺,平氏の六波羅邸,鎌倉幕府の六波羅探題などがその代表的なものである。これらの社寺・史蹟は現在多くの観光客をひきつけており,東山そのものが風致地域に指定され,主要部は歴史的風土特別保存地域に指定されている。東山山中には,蹴上(けあげ)から将軍塚に至る東山ドライブウエー,山中越えから比叡山へ入る比叡山ドライブウエーなどの観光道路も建設されている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7144502