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千里丘陵
【せんりきゅうりょう】


府の中央北部に位置し,北摂山地から南に張り出した東西約10km・南北約8kmの洪積丘陵。大阪平野周辺にある台地・丘陵群の1つで,主に吹田(すいた)・豊中両市域に広がり,大阪層群から成る。丘陵は北西部に高く(標高約140m),南に低くなり,標高20mたらずの丘陵端で淀川低地に臨む。丘陵の西部は,洪積後期の地層からなる中位段丘で猪名(いな)川沖積地まで広がる豊中台地に連なる。丘陵上の大部分は,浅い浸食谷をせきとめた溜池灌漑による樹枝状の水田と雑木林(特に竹林)という土地利用のまま近年に至った。北部には国道171号(西国街道)が通過し,この丘陵の北限を形づくる。丘陵東南部の佐井寺(吹田市佐井寺2丁目)には行基伝説で知られる「佐井の清水」跡があり,同寺北方の小丘を千里山(ちさとやま)と呼んだ。明治22年に佐井寺村・片山村が合併して千里(ちさと)村が設置され,これが「せんり」の名の起こりと推定される。明治43年,箕面有馬電気軌道(現阪急宝塚線)の開通によって豊中市側から宅地化が始まり,ついで大正10年,阪急千里線が開通し「せんり」の名称が一般化した。昭和36年に大阪府企業局が中心となり「千里ニュータウン」を建設。昭和45年には,東部の丘陵地帯を利用して日本万国博覧会が開催された。現在,その跡地は国立民族学博物館のある日本万博記念公園となっている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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