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軽池
【かるのいけ】


大和期~平安期に見える池名。「古事記」崇神段に,依網池と「軽の酒折池」を作ると見える。一方,「書紀」には崇神朝に苅坂池・反折池を作ると見え(崇神紀62年11月条),応神朝に剣池・軽池・鹿垣池・廐坂池を作るとある(応神紀11年10月条)。軽の酒折池と反折池は同一で,苅坂池は軽坂池を示すとされるが(古事記伝),応神朝に作られた軽池との異同は明らかでない。また,垂仁天皇は二俣小舟を倭の市師池・軽池に浮かべて本牟智和気王と舟遊びをしたと伝承される(古事記垂仁段)。「万葉集」巻3に「軽の池の汭廻(うらみ)行き廻る鴨すらに玉藻の上に独り宿なくに」(390)という天武天皇の娘,紀皇女の歌がある。平安期に入り,承保3年における豊瀬(浦か)荘内の荘田畠山野池堰の記載のうちに,池5処とあり,剣池などとともに「軽池」の名が見える(東大寺文書承保3年9月10日大和国高市郡司刀禰等解案/平遺1134)。地名により現在の橿原(かしはら)市大軽町付近に推定されるのみで,池跡の比定・復原はなされていない。円山古墳の堀または東池がそれであろうという(橿原市史)。




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「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7166345