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初瀬川
【はせがわ】


古くは「はつせがわ」といい,泊瀬川と記した。また,長谷川とも書く。天理市福住町付近を水源とし,桜井市小夫を経てV字谷となって南流し,長谷寺の東方を通り,三輪山南麓に沿って大和盆地東南端に出る。のち,同市慈恩寺から流れを北西に転じ,右岸から纏向川・布留川を合わせ,天井川を形成し,磯城(しき)郡川西町の北端で佐保川と合流する。流長30.6km,流域面積118.6km(^2),1級河川。「大和志料」には「泊瀬川 一ニ長谷川ニ作ル,源ヲ小夫・白木の二処ヨリ発シ長谷ヲ過キ稍北シ城下郡ヲ流レ平群郡(へぐりごおり)ニ至リ大和川ト称セラレ終ニ河内ニ入ル」とある。現在,長谷寺の上流約1kmの所に多目的の初瀬ダムが建設されている。長谷寺の門前町である桜井市初瀬の街村東部で屈曲し吉隠(よなばり)川を合わせ,構造谷に沿って西流する。「万葉集」に「隠国(こもりく)の泊瀬小国(はつせおぐに)」とあるのは,この渓谷の総称であり,「隠国」は山にとり囲まれた谷間を意味し,ハツセにかかる枕詞である(桜井市史)。この初瀬構造谷に沿って初瀬街道が通り,現在は国道165号の一部となっている。三輪山の南西麓に桜井市金屋の集落があり,この一帯がわが国最古の市場といわれる海柘榴市(つばいち)が立ち,古代の歌垣でにぎわったところとされる。初瀬川の水害記録として古くは「紀略」延長4年7月19日に「大風,此日大和国長谷寺山崩,至于椿市,人烟悉流」と記され,近世では文化8年6月15日,初瀬流といわれている大洪水があり,「大和風水害報文」には「初瀬にて家三十軒許流れ,溺死せし者六,七十人あり,其外に泊込の旅客十五,六人溺死せり,而して追分,金屋,三輪の辺は床上へ浸水」とある(奈良県気象災害史所収)。また,当川は古く「古事記」より歌に詠まれ,「万葉集」には舟・早瀬・たぎつ瀬・水沫・さざれ波などが初瀬川の題材として詠まれている。平安期に入って観音信仰が流行すると初瀬詣が盛んになり,「蜻蛉日記」「大和物語」「枕草子」「源氏物語」「更級日記」など多くの文学作品にとりあげられた。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7168827