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藤白坂
【ふじしろざか】


海南市の藤白神社から藤白山の北斜面を登り,海草郡下津町橘本に至る坂道。標高約260m。距離約1.6km。ふもとの傾斜の緩やかな所ではミカン畑が開かれている。また熊野街道筋に当たり,史跡・名勝に恵まれ,手近なハイキングコースとしても利用されている。「熊野独参記」に「藤白峠御所芝より西を見れば……余類なき万境一瞬の地なり」と見えるように,熊野路第一の美景ともてはやされた地であるが,現在では,眼下に黒江湾の埋立地の石油精製や鉄鋼関係の工場群がみえる。坂道を登りつめた正面には有間皇子の歌碑がたち,皇子が処刑された藤白坂はこの地とされる。また,大宝元年持統上皇・文武天皇が牟婁湯行幸の折の官人の歌に「藤白のみ坂を越ゆと白𣑥のわが衣手は濡れにけるかも」(万葉集巻9)とある。さらに,平安期の画工,巨勢金岡が熊野権現の変身した童子と競画のすえ敗れ筆を投げ捨てたという筆捨の松伝説もあるが,松は枯死して,現存しない。藤白の名は,フジが多く咲き,しかも花の白さは類なし(続風土記)ということから起こったといわれる。また,「中古藤代と書しける,享保年中国命あつて,いにしへのごとく藤白と書す」(名所図会)という記録もある。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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