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今津銅山
【いまづどうざん】


邑智(おおち)郡川本町大字川本今津にあった銅山。邑智郡邑智町大字乙原(おんばら)の竹に隣接している。中世末,現在の川本町を領有していた小笠原氏と,邑智町の大半を領有していた佐和氏とがこの銅山をめぐってしばしば争った。この銅山を別名「銅ケ丸」と呼び,出城があったと思われる。江戸期の書留に,この鉱山は上(そら)に向かってのびているとあり,はじめは露天掘をしていたらしい。多くの山師が探鉱したが,有望な鉱脈は見つからず,この銅山が盛んになったのは明治期になってからだったようである。明治24年には採掘人夫1,615人を数え,最盛期に入る。電灯・電話・インクラインなどの最新施設を備え,従業員の子弟のため私立銅ケ丸小学校を設置,同35年には就学児童149人に及んだ。山内に郵便局も置かれていた。明治42年6月,火災により鉱山事務所等が類焼,その後復旧せず廃山となった。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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