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吉備高原
【きびこうげん】


瀬戸内海と中国山地の間にある高原。標高200~600m。明治41年小藤文次郎が隆起準平原であると指摘し,吉備高原と命名した。岡山県では県の中央部に展開し,県面積の60%以上を占めている。形成時期は新生代新第三紀中新世末~鮮新世といわれる。その成因については長い間種々論じられてきたが,その主要な論争点は中国山地面と吉備高原面がどのような過程を経て分化したかをめぐるものであった。両面の異時形成説,同時形成断層分化説,同時形成曲隆・断層説があったが,昭和48年吉川虎雄らが中国山地を軸とする曲隆運動のなかで3段の分化が順次行われ,中国山地南縁に沿う断層や盆地の沈降などが副次的に付加されたという見解を出した。岡山県の吉備高原面を見る場合,単一の準平原ではなく,高度の異なる浸食小起伏面を吉備高原面と瀬戸内面群のグループに分けて考えるようになった。標高500m以上の吉備高原面は高梁(たかはし)川上流部,阿哲郡哲多町・川上郡備中町の西部から広島県東部に続き,高原状の平坦面を持つ。瀬戸内面群は瀬戸内Ⅰ面(分布高度300~450m)・瀬戸内Ⅱ面(150~300m)・瀬戸内Ⅲ面(100m以下)に分けられ,いずれも山砂利を載せ,その堆積の状態が異なる。高原上は波浪状の起伏を持ち,浅く幅広い旧輪廻の谷が残り,凹地はしばしば砂礫層で埋まり,それが滞水層となり集落・水田の立地の要件となっている。また,所々に残丘が孤立丘として残る。その中には玄武岩鐘もあり,高梁川北西部の場合は規則正しい方向性をもって分布する。しかし,いずれも火山の原形を失っている。吉井川の東部になると,波浪状の小起伏面の分布は少なくなり,吉備高原の特徴は希薄になっていく。吉備高原を北から南に流れる県下の三大河川,高梁川・旭川・吉井川が西から東に並ぶが,いずれも吉備高原部では,穿入蛇行して深いV字谷を形成する。ダム建設に好都合の地となったり,渓谷美のため観光地になったりしている。吉備高原の中央部から南部にかけては花崗岩が分布し,風化の激しいバットランドの地形を呈する。古代吉備の地が鉄の産地であったというのは,この風化した花崗岩から採取した砂鉄であった。北西部には石灰岩が分布し,特色あるカルスト地形のため観光資源となっている。また,吉井川の南東部は流紋岩が分布し,それが熱水変質を受けたものはろう石となり,陶磁器や耐火レンガの原料となっている。吉備高原上は古くから集落が発達していた。滞水性の砂礫層のある地は水田となったが,その他の地は畑となり,葉タバコ・ゴボウ・コンニャクなどの特産物は有名であった。最近では酪農や夏の低温を生かして野菜の抑制栽培が各地で行われている。また,南部の花崗岩の風化地域や山砂利の堆積地では,その排水性を生かしてブドウ・モモの栽培が行われ,わが国でも特色ある産地を形成する。また,近年上房郡賀陽町と御津郡加茂川町にまたがる地域を中心に吉備高原都市の建設が進められている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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