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太竜寺山
【たいりゅうじやま】


阿南市と那賀郡鷲敷(わじき)町との境界上にある山。標高618m。那賀川を挟んで北方の鶴林寺山と対峙する。「阿波志」に,「太竜岳,和食・細野・水井・加茂四村にわたる。南麓に石洞あり相伝ふ,昔竜ありて居る。因って以って山に名づくと」「須弥山,太竜岳の南峰,或ひは省きて弥山と呼ぶ。古木蒙密たり。窟四あり。その一を竜窟といふ。径一丈,入ること十歩にして深潭あり,深さ測るべからず。右折して入れば則はち,石紋隠起す。悉く竜鱗をなす。土(地)人,雨を乞ふ」などの記載がある。山は南北に離れた2つの峰からなり,四国霊場八十八か所第21番札所太竜寺の裏山の標高は600.0mで,これを古くは太竜岳と呼び,南峰を弥山と呼んだ。現行の国土地理院の地形図では南峰を太竜寺山としている。2峰の間は1km足らずである。弘法大師の自著「三教指帰」の中に,「阿国大滝岳に登りよぢ,土州室戸崎に勤念す」とある。この大滝岳が太竜寺山とされている。縁起によれば延暦17年に阿波国司藤原文山が桓武天皇の勅願によって伽藍を建立したという。信仰の山で伝説も多く,弘法大師が修行中に竜が美女に化けて出てきたので,竜の窟に封じ込めた話が伝わる。寺周辺から頂上にかけてスギの巨木がそびえ,その間にアセビ・ヤハズアジサイ・アスナロ・ネジキなどが混生する。地質は秩父帯に属し,石灰岩・塩基性火山岩・チャート・泥岩・砂岩などからなり,最も目立つのは石灰岩である。北麓の旧水井鉱山からはかつて辰砂(硫化水銀)を産出した。登山道は鷲敷町和食・中山,阿南市の黒河・若杉など数多い。阿南市加茂町からの丁石は14世紀のもので県史跡である。




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「角川日本地名大辞典」
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