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讃岐平野
【さぬきへいや】


四国北東部にある平野。面積692.90km(^2)。讃岐半島の低地(539.26km(^2))と下位台地(153.64km(^2))からなる。東から大川(93.25km(^2))・高松(181.63km(^2))・綾歌(138.24km(^2))・丸亀(126.77km(^2))・三豊(155.99km(^2))の各平野に分けられる。北は備讃瀬戸,北東は播磨灘,北西は燧(ひうち)灘,南は香川・徳島県境の阿讃山地(讃岐山脈)とその北麓に展開する上位台地・山麓台に接する。平野名は古代以後の国名,讃岐に由来。主な河川は阿讃山地を水源とし,上部白亜系の和泉層群卓越地域から流出する河川は山麓に扇状地を展開し,河口付近まで比較的に大粒の礫を運搬するが,このような河川には大川郡引田町の馬宿川,同郡白鳥町の湊川,香川郡塩江(しおのえ)町に水源をもち同郡の香川・香南町境を流れ,高松市の紫雲山西麓に河口がある香東川,塩江町西端と仲多度郡琴南(ことなみ)町北部に水源をもち綾歌郡綾上・綾南(りようなん)両町の水を集めて坂出(さかいで)市街東方に河口がある綾川,琴南町から流出し仲多度郡満濃町を経て丸亀市街東部で備讃瀬戸に流入する土器川,仲多度郡仲南(ちゆうなん)町・三豊郡財田町から流出し三豊郡の山本町・高瀬町南部・豊中町の水を集めて観音寺市街北部で燧灘に流入する財田川,同郡大野原町から流出し同市街南部に河口をもつ柞田川などがある。和泉層群の基盤でその北方にある花崗岩類の山地と花崗岩類の上に凝灰岩類・安山岩類をのせる開析溶岩台地から流出する河川の氾濫原は花崗岩類・安山岩類の小・細礫を含む砂層に被覆され下流部沿岸は三角州性の低地であるが,このような河川には大川郡で大内(おおち)町の与田川・番屋川,大川町・寒川(さんがわ)町東部を流れ津田湾に流入する津田川,寒川町西部・長尾町から流出し志度町の白方漁港付近に河口をもつ鴨部(かべ)川,木田郡三木町から流出し高松市の屋島西方に河口がある新川,高松市南東部・香川郡香川町南部から流出し新川と河口を共有する春日川,同郡香南町から流出し綾歌郡の綾南町東端・国分寺町を経て香東川西方に河口がある本津川,綾南町西端・同郡綾歌町から流出し同郡飯山(はんざん)町・坂出市西端部を経て宇多津港に流入する大束川,仲多度郡満濃町南部から流出し同郡琴平町・善通寺市を経て丸亀市西端部で備讃瀬戸に流入する金倉川,仲多度郡仲南町北部から流出し三豊郡の高瀬町・三野(みの)町を経て詫間町の三野津湾に流入する高瀬川などがある。低地の分布は讃岐平野の東部と西端部で狭く,中部の本津川・綾川・大束川沿岸であまり発達せず,新川・春日川・詰田川・香東川沿岸の高松平野,土器川・金倉川沿岸の丸亀平野で広い。地表下の地質は砂・粘土が卓越し,扇状地礫層は比較的に薄い。平野の地表下にある基盤までの深度は大川平野の大内町三本松で約14m,高松平野北部の高松市松福町で209.5m,中部の高松空港北西端で139.3m,南部の仏生山町で110m,丸亀平野北部の丸亀市塩屋町で120m,中部の同市川西町で91.8m,三豊平野の観音寺市柞田町で74.5m。低地の海岸に近い地域では諸河川の扇状地が縄文海進で浅い海に沈み,その後の海退と讃岐半島の増傾斜運動によって海底が陸化した海岸平野を河川や波浪による沖積堆積物が被覆している。備讃諸島東部の貝塚で汽水生のヤマトシジミなどの貝層に縄文早期の押型文土器などが含まれ,その時代に小豆(しようど)島・豊島付近が海進を受けていたらしい。縄文海進の最盛期には現在の標高10m付近まで海面の下になったというが阿讃山地の隆起に伴う讃岐半島の増傾斜運動を考えると,この平野では標高30m付近まで海が浸入したのであろう。高松平野では香東川扇状地が東へ向かって四半円状の扇面を展開しているが,丸亀平野では土器川扇状地が旧流路らしい金倉川中流部から北東へ向かって礫層を3方向に突出させいまだ完全な扇面を形成していない。高松平野では高松市の高松町津ノ村・松島町州端(すべり),綾歌平野では坂出市の新浜町,綾歌郡宇多津町の津ノ郷,丸亀平野では丸亀市の高津・津ノ森・今津・中津,三豊平野で三野町の浅津・東浜・西浜・津ノ前など旧海岸の位置を示す地名が現海岸線より1~2km離れた所に古代からの埋立て・干拓の名残を示して分布。関東平野の武蔵野台地に相当する下位台地は,讃岐平野中部の土器川と香東川の間にある綾歌平野に広く分布し,高松平野では香東川と新川の河間地域,大川平野では鴨部川と津田川の河間地域に存在するが,与田川以東では極めて狭い。崖端浸食谷が発達し効率の良い溜池が立地する。地表の傾斜は低地よりも急で,大川平野の寒川台地,高松平野の三木・川島・三谷・仏生山の各台地,綾歌平野の岡田台地などの北端は低地面に斜交してその下へ潜入し,段丘交差の状態を示している。地表の地質は大部分が砂または粘土質で,その下に鮮新世の地層や基盤があり,河川の沿岸では礫層も分布する。綾歌平野の滝宮台地西端では富川の支流が峡谷を掘り込んで大束川の河谷低地に達し,大束川の上流であった綾川を争奪した。富川は現在綾川の支流となり北条池が造られているが,合流点付近の綾川は「瀬をはやみ岩にせかるる滝川のわれても末に合はむとぞ思ふ」と崇徳上皇の古歌に名高い峡谷を流れる。この谷壁には花崗岩の上に固結した鮮新世の泥岩,粘土のレンズや小円礫を含む花崗岩質砂層,最大径10cmで主に砂岩礫,一部が安山岩礫などで構成される礫層,砂・粘土層が重なって露出する。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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