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白峰山
【しろみねさん】


坂出(さかいで)市青海町にある,五色台の西端に延びる開析溶岩台地。五色台の,東の青峰,南の紅峰,北の黒峰,中央の黄峰とともに台地の一部を構成する。山名は,中国の五行説に基づき,西方に位置することによる。標高は336.9m,ただし,五色台地の最高点は483m。山体は讃岐岩質安山岩からなり,一部では俗にカンカン石と呼ばれるサヌカイトを産出する。北側を流れる青海川支流などによって谷が刻まれ,ウバメガシ・ムク・カゴノキ・ムクロジなどのほか,シダ類が繁茂する,鬱蒼とした暖帯自然林に覆われる。谷の最上部の湿地帯には,ミズゴケ類の群落が分布し,全国的にも珍しいハッチョウトンボが生息する。当山は古くから大山(神奈川県)や大峰(奈良県)と並ぶ修験の道場で,謡曲鞍馬天狗には相模坊を頭領とする天狗が住んだという。その真偽は定かではないが,ふもとの海岸部に相模坊の地名が残る。山頂付近に,四国霊場八十八か所第81番札所の真言宗御室派白峰寺が所在し,北部の谷沿いに遍路道が続く。寺域内には,保元の乱に敗れ,讃岐に流され,長寛2年46歳で死んだ崇徳上皇の御陵がある。上皇は当山中で荼毘に付され,墓所も山中に構えられた(保元物語)。安山岩の断崖上,標高約260mの地点に設けられた上円下方墳の御陵には,仁安3年に四国行脚中の西行が訪れ,「よしや君昔の玉の床とてもかゝらん後は何にかはせん」と詠んだ。上田秋成の「雨月物語」の一編「白峰」に,怨霊と化した崇徳上皇が西行に慰撫された話が登場する。現在,台地先端に展望台が設けられ,綾川流域から坂出市街・番の州・瀬戸大橋架橋地点などの眺望に優れる。山麓から続く屈曲の多いドライブウエーは,第2次大戦前に,背後の国分台で善通寺師団が軍事演習を行うために建設されたもの。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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