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大根川
【だいこんがわ】


古賀市を東西に貫流する2級河川。筵(席)内(むしろうち)川ともいい,下流部は花鶴(かづる)川ともいう。流長11km,本流の流域面積12.6km(^2)。薦野川・米多比川などの数多くの支流をもち,「続風土記」には「十月より水漸少くなり,極月に至て極て少し。正月二月のころより漸水まさり,三四月に至て多くなる。其間六七町也……水のすくなき間は,地中を水流通するにや。十月の比は洪水出ても,水すくなくかつ早くへりやすし」とある。扇状地を形成し,扇央の筵内付近では河床が浅く,砂礫を堆積していて水流をみることが少ないので水無川とも呼ばれる。弘法大師が行脚の折,川にかかる鷺白橋の上から,老婆が洗っていた大根を所望したが,老婆は聞き届けず川原の石を拾って投げた。大師が金剛杖で地面を突くと豊かな水の流れはピタリと止まった。以後,大根を洗う時期には川の水がかれ,大根川と呼ぶようになったと伝える。河口から約2kmの地点で,大目配(おおめくばり)山から流れ出る谷山川・薬王寺川など並行支流の水を集めて青柳川と合流し,海岸に花鶴平野を形成。大根川と,南から北流する青柳川の合流する落合には,三角形の中州が形成され,潮はここまで上がる。落合から下流の大根川は花鶴川とも呼ばれ,伝教大師が唐からの帰途,暴風雨に襲われ古賀の浜に打ち上げられた時,数百羽の鶴が舞い降り,大師は思わず「快哉,如花鶴」といい,以後,花鶴川と呼ぶようになったと伝える。河口の花津留浦は,福岡藩内30浦の1つで,江戸期には年貢の積出し,明治期には古賀瓦の輸送に大きな役割を果たした。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7212284