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和間ノ浜
【わまのはま】


宇佐市の東部を北流する寄藻(よりも)川が周防灘に流入する河口付近の海辺をいう。「宗像神社古縁起」に,「神功皇后三韓征伐の時宇佐郡和摩の浜にて四十八艘の御船を造り」,「八幡本紀」に,「三月,八月,和間の浜にて放生会を執行す,和間の浜は宇佐郡松崎の海辺なり」,また「肥前国風土記」に,「天皇球磨噌於(くまそお)を誅滅したまふ凱旋の時,豊前国宇佐海浜の行宮にましまして」などとあり古くから宇佐神宮との縁の深い海岸である。浮殿(うきでん)橋際の和間神社(川中の浮殿社)では伝統の放生会が行われ,古表(こひよう)神社(福岡県)・古要(こよう)神社(中津市)からの「くぐつ相撲」や「神舞」の行事が奉納される。その船の到着地として,昔は古表崎という地名もあった。河口付近の新田は,日田代官の見立新田である南・北鶴田・岩保の各新田,日田の掛屋広瀬久兵衛のひらいた久兵衛新田は江戸期の新田である。河口から浮殿橋付近まで塩田(明治末期に浮田4町歩・岩保7町歩)があったが,昭和30年代になくなった。浮田港も江戸期は米の積出をしていたが,大正年間には衰え,肥料・サツマイモ・花崗岩・石炭のみとなっていたようである。現在の通称和間海岸は寄藻川河口の西約4kmの浜をさし,駅館(やつかん)川右岸の長洲海岸と連なる遠浅の海岸である。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7234227