100辞書・辞典一括検索

JLogos

20

日南平野
【にちなんへいや】


県南部,日南市の中央部から東部に位置する平野。日向灘に面する日南市の核心地域をなす飫肥(おび)・吾田(あがた)・油津・東郷の各地区を占める。南那珂郡北郷町の鰐塚山(1,118.8m)に源を発した広渡川が,飫肥付近で西からの支流の酒谷川を合わせて東流し,沖積地を形成する。広義には,広渡川の上流から下流の沖積低地,および酒谷川の上流から下流の小沖積低地を含む地域である。一帯は古くは島津荘に属し,中世になっては島津・伊東両氏の,飫肥城を巡る抗争が続いた。天正15年豊臣秀吉の九州統一後は,伊東氏が飫肥藩主になり明治に及んだ。当平野は城下町の飫肥,港町の油津,パルプ工業とビジネスセンターの吾田,農業の東郷からなり,面積は飫肥42km(^2)・油津4km(^2)・吾田28km(^2)・東郷24km(^2)となっている。日南平野は,広渡川とその支流酒谷川を含む16支流の沖積作用により形成され,下流部は扇状地性三角州の様相を示し,上流部には氾濫原や谷底平野がある。下流の三角州の沖積層の厚さは10m前後で,河川に沿って伏流水が存在している。沖積層の下にはシラス層もあり,酒谷川の流域では姶良火砕流によるシラス台地の発達がみられる。吾田・油津には寛永16年完成の向原井堰用水,東郷には元禄元年完成の松永井堰用水があり,ともに昭和に入り改修されて,前者は520ha,後者は575haの農地を潤している。当平野の北部は,新第三紀の宮崎層群(3,000万~700万年前)の砂岩と泥岩の薄い互層からなる鵜戸山地,西部と南部は古第三紀の日南層群(7,000万~2,600万年前)の厚い砂岩,または頁岩の鰐塚(南那珂)山地,東は太平洋に連なる日向灘で,地形的・地理的に隔絶性がある。しかし,近年,国鉄日南線,国道220号・222号の整備,油津港の大拡張工事の実施などで,隔絶性を克服しつつある。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7235712