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久場島
【くばじま】


石垣島の北北西海上約150kmに位置する無人島。尖閣(せんかく)諸島の1島で,同諸島の北端に当たる。ほぼ中央部の経緯度は北緯25°56′・東経123°41′。方言でもクバジマといい,黄尾嶼あるいは黄尾礁とも称する。面積0.87km(^2)・周囲3.54kmで,尖閣諸島の中では魚釣島に次いで2番目に大きい。島はほぼ円形状で海岸は断崖が続き,船舶の接岸はきわめて困難。海岸から標高20m付近までは第四紀に噴出した輝石安山岩,20~40m付近では溶岩,40m付近から頂上部(118m)の火口にかけては軽石が分布し,尖閣諸島の中では唯一の火山島である。頂上部は千歳山といい,明治33年宮島幹之助理学博士らにより,皇太子の慶事に祝賀の意を表し命名された。クバ(ビロウ)・リュウキュウガキ・タブ・シロガジュマル・ウラジロエノキなどが生育している。島名はクバが群生していることにちなむ。また,カツオドリやオオミズナギドリなどの海鳥が数多く生息する。かつてはアホウドリが島の約半分を占有するほど生息していたが,羽毛採集のための乱獲によって絶滅してしまった。王府時代には,中国福州と琉球との航路上にあり,航海の標識島として重要な役目をもった。陳侃の「使琉球録」では黄毛嶼,「中山伝信録」では黄尾嶼と記されている。明治17年頃から福岡県出身の古賀辰四郎により,貝殻や海鳥の羽毛採集のために開拓され,昭和7年古賀善次に払い下げられた。同28年の政府閣議で他の尖閣諸島の島々とともに日本領土に編入され,行政的には大浜間切登野城(とのしろ)村の所属となり,現在は石垣市登野城2393番地である。第2次大戦後はアメリカ施政権下に置かれ,現在は米軍の黄尾嶼射爆撃場となっている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
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