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郷原村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。碓氷郡のうち。安中藩領。検地は慶長6年と寛文3・4年などに実施され,村高は,「寛文郷帳」で882石余うち田方277石余・畑方605石余,「元禄郷帳」で1,004石余,「天保郷帳」「旧高旧領」とも同高。当村は宝永7年から中山道松井田宿の定助郷を勤めた。名主は須藤家と今井家が年番で勤めた。鎮守は日枝神社。寺院には真言宗豊山派自性寺と曹洞宗海雲寺があり,ほかに真言宗恵日寺があったが,同寺は明治4年廃寺となった。自性寺には文保2年銘の板碑や応永3年銘の宝篋印塔がある。海雲寺は旧領主菅沼定清の居士号のうちの海雲をもって寺号とした寺院で,「旧高旧領」による寺領50石余。また日枝神社についても,「旧高旧領」に山王権現社領72石が見える。享保17年の五人組人別改帳(今井家文書)による家数162・人数1,067(男582・女485),馬76・犬3。また幕末の改革組合村高帳では,松井田宿寄場組合に属し,高882石余,家数162。地内には中山道の一里塚があり,北側に樫,南側に桜が植えられていたという。中山道と国道18号が交差する所に文化5年銘の常夜灯があり,市史跡になっている。常夜灯には「是より妙義道」と大書されており,これは妙義神社への道しるべで,作者は信州伊那出身の向山民玄。明治4年安中県,群馬県を経て,同6年熊谷県,同9年群馬県に所属。明治6年自性寺を仮用して郷原小学校開設,「郡村誌」による生徒数は男49・女8。同22年原市町の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7282660