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片貝川
【かたかいがわ】


立山(たてやま)連峰北方の毛勝(けかつ)山(2,414m)や猫又(ねこまた)山(2,378m)付近を源流とし,河口近くで布施(ふせ)川を合わせて魚津(うおづ)市と黒部市の境をなし富山湾に注ぐ。古来の加積(かづみ)郷を流れる川。流長約27km・流域面積138km(^2),本邦屈指の急流で平均勾配は85%。名称の由来は,片側だけの峡谷の意の片峡とする説が有力。「万葉集」巻17,天平19年4月の大伴家持「立山賦一首并短歌」に「……新川のその立山に常夏に雪降りしきて 帯ばせる可多加比河の 清き瀬に 朝夕ごとに 立つ霧の 思ひ過ぎめや」「可多加比の河の瀬清く行く水の絶ゆることなくあり通ひ見む」とあり,大伴池主の返歌にも見えるが,「万葉集」以外古代には見えず,その流域に条里制の遺構もなく,以後,史料に見えるのは戦国末期なので,長く未開の状態であったと思われる。天正8年4月の「越中国小川山千光寺之記」に「勅願為御施,……東ハ仏ケ岳を限,南ハ片貝の南を限」と布施郷と加積郷の境界の川として見えるだけで(県史中),中世において片貝川がどのような役割を持っていたかは不明。しかし,片貝川源流一帯の旧片貝村の平沢集落は魚津松倉城の落武者の開拓村と伝えられるので,室町期にはその流域はかなり開けつつあったと思われる。また,「名所今歌集」に「かたかひのわたり瀬ふかし立山にたなびく雲は雨にかもあらむ」,「大路水経」に「流はやし,石高く,荒川にて渡舟たたず。出水のときは南北の村より川越人夫を出す」とあり,そのさまは古代と変わらない。上・中流部には7発電所がつくられ,山麓は扇状地を形成し,近世以降米作を中心に発展,その一画に魚津の市街がある。扇状地末端の礫層に覆われたところに特別天然記念物の魚津埋没林がある。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7602820