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八坂川
【やさかがわ】


国東(くにさき)半島の頸部を流れる川。「豊後国志」に,「源三,其一は山香郷吉野渡村溜池に出づ。北向立石営に至り,東折して上,下等を流過,後河内諸流を引き,倉成東南に至る(立石川)。其一は山香郷久木野尾村に発す(久木野尾川)。其一は目刈村に発し,北向して日差北で合す(久木野尾川を合す)。東北向して貫井南を遶て,恒道を過て,倉成東南に至る。是に於て二水合流す(立石川を合す)。東行して広瀬・生桑を経て,宮原・生地南を過ぎ,屈曲して丸山潭を為す。安住寺・三川之間を経て,須崎に至り,東海に入る(八坂川本流)」とある。川は沖積平野を形成する。立石川は流長1万2,655km。2級河川。川水は農業用水で,井堰の数32。主なものに松井手下―灌漑面積12.3ha・向田6.3ha・下大木17.3ha・立中7.2ha・神田5.0ha・円木7.5haなどがある。八坂川本流の流長29.784km。2級河川。潮入川。川水は農業用水と工業用水および上水に利用。井堰の数39。主なものに今井手―灌漑面積22.5ha・二文字42ha・大井手20ha・梅田10ha・大井手16ha・八幡森16ha・福安12ha・川南41ha・川北60haなどがある。山香(やまか)盆地は山香米の産地。工業用水は県果実連オレンジジュース杵築(きつき)工場その他の食料品工業に利用される。上水は杵築市。川口一帯は左岸に杵築の旧城下町,右岸には寛文年間開発の三河新田があり,金昌寺渡し(江戸期)・錦江橋・杵築橋で川を渡った。川尻左岸の城の下は堀川で舟子長屋があった。参勤交代時に藩主使用の御座船の出入港でもあった。青筵(あおむしろ)の積出港。八坂川下流には水害が多かった。主なものは次の通り。⑴宝永4年8月18~19日大高潮。⑵享保14年8月19日大洪水。⑶宝暦12年8月8日洪水・山汐。⑷文政11年7月2日大洪水。⑸嘉永5年8月22日洪水。⑹明治41年9月大洪水。昭和36年10月25日大洪水。昭和51年9月10日洪水。山香地方の特産はイネ・養蚕・肉牛,杵築地方はイネ・ミカンである。七島藺は現在すたれた。




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「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7608036