荻布村(近世)
江戸期〜明治22年の村名。射水【いみず】郡二上荘のうち。加賀藩領。寛文10年の村御印では村高334石,ほかに万治2年新田高として4石・免4.3。江戸初期には小矢部川で漁業に従事していたが,この頃農業のみに専念するようになって,小物成の猟船櫂役5匁が退転している(高物成帳写)。出火の時は,能町【のうまち】御蔵へ詰人足6人を差し出すことになっていた。神社は天満宮・諏訪社,ほかに薬師宮があった。寛政年間の戸数29(射水郡巨細帳)。明治9年石川県,同16年富山県に所属。同22年射水郡掛開発【かけかいほつ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7317860
最終更新日:2009-03-01