小竹村(近世)
江戸期〜明治22年の村名。礪波郡五位荘のうち。加賀藩領。慶長10年総検地により村高が確定。村高は明暦2年の村御印では856石・免4。寛文10年の村御印では759石・免3.5(高物成帳写)。延宝4年の家数27,村肝煎は弁右衛門(川合文書)。宝暦9年の家数46,持高構成は50石以上4,50〜10石9,10〜1石15,1石以下18,懸作高219石余(加賀藩改作法の研究)。「天保郷帳」では村高820石余。年貢は戸出【といで】御蔵・戸出蔵宿へ納入。明治4年の戸数61・人口318,田畑61町余・宅地原野5町余(明治初年の礪波)。同9年石川県,同16年富山県に所属。同22年礪波郡小勢【おぜ】村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7317908
最終更新日:2009-03-01