春日吉江村(近世)
江戸期〜明治22年の村名。礪波郡般若【はんにや】郷のうち。加賀藩領。役家数は元和5年14軒,延宝4年35軒。正保3年の村高731石(高付帳),寛文10年の村御印の村高843石,天保10年の村高494石(利波郡町村資料)。千保【せんぼ】川筋の水ノ社跡に舟着場があった。庄川や千保川の洪水のため川崩れがひどく,元禄期に250石,正徳期に100石の村高が減少。村肝煎は延宝4年に長兵衛,天明2年に作兵衛,慶応年間に嘉七が知られる。明治5年の戸数84・人口430。同9年石川県,同16年富山県に所属。同18年には小学校の分校が建てられた。同22年礪波郡北般若村の大字名となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318072
最終更新日:2009-03-01