上桶屋町(近世〜近代)
江戸期〜昭和42年の町名高岡上桶屋町とも称した高岡町本町三十五町の1つ(高岡町図之弁/高岡市史)加賀藩領正徳3年桶屋町が上・下に分かれて成立町境の木戸が2か所に設けられ,1か所は大木戸で夜間は通行止めであった嘉永5年川から陸揚げの際に一時積み置く塩の仮倉が藩倉となった天明5年の家数47,明治5年の戸数57(高岡市史)明治7年日蓮宗法光寺に北之学校が創設されたが,同9年育英小学校が新築され廃校同年石川県,同16年富山県に所属同22年高岡市上桶屋町となる同33年の大火の時には類焼を免れ,古い町並みが残る昭和4年の戸数79・人口366同40年の世帯69・人口275(高岡市住民登録人口一覧表)同42年現行の高岡市大町の一部となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318184
最終更新日:2009-03-01