鴨島下町(近世〜近代)
江戸期〜大正14年の町名高岡鴨島下町とも称した高岡町地子町二十二町の1つ(高岡町図之弁/高岡市史)加賀藩領千保【せんぼ】川東岸に位置する元和元年高岡城廃城後,旧藩臣の屋敷跡に鴨島村の人によって町立てされた低地に位置したのでたびたび洪水の害を受けた安政6年千保川が洪水,床上浸水8戸・床下浸水4戸に及んだ(朝山氏旧記)天明5年の家数8,明治5年の戸数30(高岡市史)明治初期教恩寺下町を編入同9年石川県,同16年富山県に所属同17年村落戸籍編入により25戸を射水【いみず】郡鴨島村に送籍したが,同22年復籍同年高岡市鴨島下町となる同29年の千保川大洪水で当町は流失の危機にひんし,小舟を出して老人や子供を避難させたまた同33年二番町から出火,当町も類焼(高岡市史)大正13年の戸数64・人口275同14年鴨島町に編入現行の高岡市鴨島町のうち
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318330
最終更新日:2009-03-01