ケータイ辞書JLogosロゴ 土器町(近世)


富山県>高岡市

江戸期〜明治22年の高岡町の町名射水【いみず】郡のうち加賀藩領千保【せんぼ】川の東,高岡古城の北部に位置するもと掛開発【かけかいほつ】村の一部慶長14〜19年の前田利長在城のとき,北陸街道に沿い高岡城の背面にあたる要衝の地で,ここにも侍屋敷の一団を置き,また日蓮宗本陽寺・妙国寺・長蓮寺・大法寺などを集めた元和元年の高岡廃城後も武士たちは金沢に引きあげたが,庄【しよう】川の氾濫で大門方面から移住した人々によって町がつくられ,北部高岡町の中心として,魚問屋の諸魚改所があって,出入の魚類を検査した天明5年の戸数53,明治5年78戸(高岡史料・高岡市史)産土神は神明社明治9年石川県,同16年富山県に所属同22年掛開発村の大字大坪町となる
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318394
最終更新日:2009-03-01




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