北島村(近世)
江戸期〜明治22年の村名。射水【いみず】郡二上荘のうち。加賀藩領。寛文10年の村御印の村高は682石,ほかに明暦元年・同2年に新開高6石,免4.8,小物成は野役6匁・鮭役8匁(高物成帳写)。「天保郷帳」では村高671石余。高岡出火の時は瑞竜寺へ人足11人が詰めることになっていた。寛政6年頃の戸数37(射水郡巨細帳)。産土神は八幡社。明治9年石川県,同16年富山県に所属。明治22年射水郡西条村の大字となる。
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(C)角川日本地名大辞典「旧地名」
JLogosID:7318439
最終更新日:2009-03-01